お不動様のひとり言

お不動様のお言葉に乗せた、ほのぼの心嬉しいお話のブログ。

私は佛様の中でも、お不動様が大好きです。
お不動様のお名前の由来は、ゆるぎない悟りを求める心…ということです。

絵像では、燃え盛る火炎を背負い、眷属(けんぞく)の矜羯羅(こんがら)童子と、
制多迦(せいたか)童子を従えているのです。

このお不動様のお言葉に乗せて、
ほのぼのと心嬉しく豊かになるお話をしたいと思います。

生きがいって何なの?

「生きがい」は、「生きる」という営為の結果、その本人の内奥に立ちあらわれる、生きた証(あかし)というか、生きた値打ちのことじゃなあ。

自分の人生の値打ちを自分で見つけ出し、自らの手で、その(人生)のゆく先を見据えること。そのためには、三毒と呼ばれる、善い事を毒する三種の煩悩を払拭(ふっしょく=すっかり取り除くこと)する努力が必要じゃ。

三毒については、以前にも触れたことがある。
貪欲(どんよく)・瞋恚(しんい)・愚痴(ぐち)の三つの毒は、人間の内面に芽生えた「生きがい」という名の命の源を断ち切ってしまう。
自己の欲するものに飽くことなく執着し、自分の心に逆らうものを怒り恨み、理非の区別のつかない愚(おろ)かさ。以上の三種の毒を取り除く努力をすることで、初めて見えてくるものがある。

「生きがい」の根っ子には、三毒を絶ち切り、身軽になることで得る「人間の徳」が息づいておる。
「生きがい」を求める人や、「生きがい」とは何か?を、問いかける人達は皆、三毒を超克する努力をして欲しいものじゃな。
そうすれば、「生きがい」という名の果実と出会うはずじゃよ。