お不動様のひとり言

お不動様のお言葉に乗せた、ほのぼの心嬉しいお話のブログ。

私は佛様の中でも、お不動様が大好きです。
お不動様のお名前の由来は、ゆるぎない悟りを求める心…ということです。

絵像では、燃え盛る火炎を背負い、眷属(けんぞく)の矜羯羅(こんがら)童子と、
制多迦(せいたか)童子を従えているのです。

このお不動様のお言葉に乗せて、
ほのぼのと心嬉しく豊かになるお話をしたいと思います。

ノーブレス・オブリージュ(noblesse oblige)って何なの?

欧米には、身分の高い者は、それに応じて、果たさねばならぬ、
社会的責任と義務があるという、道義上の不文律があるのじゃ。

『大衆の反逆』を著した、オルティガ・イ・ガセットは、その著書の中で、

  貴族(身分の高い者)とは、常に自己を超克し、おのれの義務とし、おのれに対す

  る要求として強く自覚し ているものに向かって、既成の自己を超えてゆく態度をも

  っている勇敢な生の同義語である。


と述べておる。

人間として、より高貴に生きようとすればするほど、努力が必要とされる。
その努力とは、自らに多くを求めるがゆえに、為すべき努力なのじゃ。

則ち、社会の模範となるべき振る舞い方や考え方を身につけ、実践することを指しておる。
よってノーブレス・オブリージュを身につけている人間は、自己が果たすべき義務を理解し、自らの行動指針として、社会貢献に身を捧げる覚悟を持っておるのじゃ。

翻って、大衆とは、己の欲求ばかり追求し、自分の権利ばかり主張する。
しかも、社会に対して義務を負っていると考えもしない人間のこと。
高貴な精神を内包する生きざまを求めつつ生きる。
これには多大な努力が必要とされる。

一方、大衆的精神は、放っておいても身につく、怠惰で努力を必要としない生き方じゃ。
当然のことながら、高貴な精神を持つ者が増えれば増えるほど、社会はよくなる。

自分の人生を名実共に豊かにするためにも、「ノーブレス・オブリージュ」を、生きる指針に据えてみてはどうじゃろうか?