愚痴っぽくなる自分を諫める(禁止する)には? (続)
ならば愚痴はどうすればなくなるのか?人間ならば、どうしても少しの愚痴は残ってしまう。
けれど愚痴を減らすことはできるんじゃ。
愚痴とは頑迷(がんめい=かたくなで正しい判断ができないこと)な己から誕生した辛艱(しんかん=つらい悩み)の愚息(ぐそく=自分の息子)じゃ。
自分自身を明確に手中に収めることができないから愚痴る。愚痴は自分自身を理解していないことに端を発しておるというわけじゃ。
愚痴を克服するには、まず自分を理解する努力を惜しまないこと。
自分を理解するには、ヘタな形で自分を守らないこと。自分をかばうな。
不安な自分や醜い自分を抱きしめることじゃ。
自分を庇護しないが故に、人間として表・裏がなくなる。
表の顔と裏の顔が一致し、一体化するから、自分を理解し始めるんじゃ。
と同時に、徐々に徐々に、自分自身のあるべき姿にも気付き始めるから、自信も湧いてくる。
こうやって自分自身を己(おの)が掌中(しょうちゅう=手のひらの中)に収め、掌中の珠の如き扱いを促進する。
そうすれば、愚痴は軽減する。世界中の人々の愚痴が減るだけで、世界中の事件や争いが減る。
他人や他グループや他の地域、他国のあやまちに目をつけ、揚げ足を取るよりも、愚痴を克服する自分自身になれ!
愚痴を克服する度(たび)に、鋭敏で強靭な精神が我が身に宿ることを知ることとなるのじゃ。