上皇后陛下の御講演をまとめた御本『橋をかける』が意味する事とは何か?(3)
「いけにえ」となる者の本懐
上皇后陛下の心に残っておられる古代の物語に、ヤマトタケルの命(みこと)と弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)のお話があると言う。
そのお話は次のようなものだ。
ヤマトタケル命は弟橘姫命と共に、遠隔地で反乱をおこす者を平らげる任務を遂行する。
その途中のこと、海が荒れ、命(みこと)の船の航路が閉ざされてしまう。
その時、命(みこと)に付き従っていた弟橘姫命は、自らが海に入り、海神の怒りを鎮めるので、ヤマトタケル命にはその使命を全うして欲しい…と言い残し入水(じゅすい)する。
この時、弟橘姫は次の別れの和歌を歌ったのだ。
さねさし 相武(さがむ)の小野に 燃ゆる火の
火中(ほなか)に立ちて 問ひし君はも
この少し前に命と弟橘姫は、敵の謀(はかりごと)に遭遇し、草に火を放たれ、燃える火に追われて逃げまどった末、九死に一生を得た。
この和歌は、燃え盛る火の中にあって、私を気遣って下さった君よ…と歌い、危険が迫る折に、命が見せて下さった気遣いに対する「感謝の気持ち」を歌いあげたのだった。
上皇后陛下は、この弟橘姫命とご自分の置かれている立場を重ね合わされるかのように、次のように語られたのだ。
「いけにえ」という酷(むご)い運命を、進んで自らに受け入れながら、おそらくはこれまでの人生で、最も愛と犠牲という二つのものが、私の中で最も近いものとして、むしろ一つのものとして感じられた、不思議な経験であったと思います。 この物語は、その美しさの故に私を深くひきつけましたが、同時に、説明のつかない不安感で威圧するものでもありました。
(『橋をかける』 22ページ6行目〜13行)
上皇后陛下が少女期に出会ったこの物語。
陛下は、この物語を無意識のうちに充分な時間をかけ内在化させ、熟成なさって、確固たるご自身の生き方を形成されたのではなかろうか?
上皇后陛下のお振る舞いを拝見するにつけても、この弟橘姫命の再来の如く、潔く、凛とした生き方であらせられたように思う。
自らを犠牲にしてでも国民や上皇陛下をお助けし、守るのだ…という強い信念が、陛下の上記の一文から感じとられるのである。
我々もまた無償の愛を降り注ぐことの出来る国民でありたいと思う今日この頃である。