お不動様のひとり言

お不動様のお言葉に乗せた、ほのぼの心嬉しいお話のブログ。

私は佛様の中でも、お不動様が大好きです。
お不動様のお名前の由来は、ゆるぎない悟りを求める心…ということです。

絵像では、燃え盛る火炎を背負い、眷属(けんぞく)の矜羯羅(こんがら)童子と、
制多迦(せいたか)童子を従えているのです。

このお不動様のお言葉に乗せて、
ほのぼのと心嬉しく豊かになるお話をしたいと思います。

コンビニって24時間開いてますが、24時間開く必要あるの?

最近コンビニオーナーが、様々な事情を抱える中で、24時間営業にする必要があるのか、否か?ということが、社会問題化しておる。
そんな中で、実験的に営業を短縮する店舗も出てきているようじゃな。

人間誰しも、日々便利に、物質的に豊かになりたいがために、個人的欲求は際限なく膨れ上がっていく。
その一方で企業側は、消費者の欲求を満たすことで、利潤追求の継続とその発展を模索する。
大多数の人間は、一旦得た権利や便利さを手放す事が出来ない・・。
これが人間という種の持つ哀しい性(さが)であろう。

24時間営業に苦悩するコンビニオーナーと、それを展開する企業側とのせめぎ合いの中から、企業側は無人店舗化を視野に入れはじめておる。
無人であれば、夜間に人が働かなくとも、店は稼働し続けるであろう。

しかし今一度考えてみたい事がある。
前述のように、24時間営業の負担から、オーナーの苦悩の声が噴出する中で、時間短縮並びに無人店舗化が、試行され始めている。
然し乍ら、コンビニが抱える問題の根幹は、もっと別の所にあるように思えてならぬ。

過剰な物質的豊かさを、当たり前のように、平気で享受しつつも、世界全体が陥っている貧困問題や環境問題を、他人事としてやり過ごす不埒な人間の怠惰性。
これこそが、コンビニ問題の根底にうごめいておる。

出来立ての弁当。
おまけにこの弁当を、いい具合に温めてもくれる。
ひきたての美味いコーヒー。
ちょっとした薬や下着に化粧品、洗剤、筆記用具、調味料まで揃っている。
銀行のATM、ネットバンキング、様々なチケット獲得、宅急便の扱いなどなど・・。
日常における便利な事どもが、コンビニで満たされてしまう怖ろしさ!

世界を見渡せば、飢えて亡くなる子供がいるのに、日本では賞味時間をちょっと過ぎただけの弁当が廃棄される。
泥水しか手に入らない国があるのに、いつでもどこでも、飲みたい物、食べたい物が手に入る。
銀行に行かずとも金がおろせる。
それ故に犯罪など別の問題が生じるが・・。
電気は24時間煌々と照らされる・・という、自然界では絶対にない光景。
しかもコンビニでは、サービスの対価として、金を払わねばならない。

逆に言えば、金さえあれば、何でも手に入るし、サービス提供者がいくら困窮していても、一般の消費者には関係ないのだ。
かつてお客様は神様です・・などと、言った人がいたが、本当に消費者は、現状のまま「神のごとく」に振舞っていてもいいのだろうか?

夜中に飲み物が必要になりそうなら、昼間に買っておけばいい。
風邪を引きやすいなら、普段から常備薬を持ち歩けばいいだけじゃ。
一人一人が少しだけ努力したり、我慢すればそれで済む事も多い。

弁当にしても全て予約制にすれば廃棄せずにすむ。
それが出来ない・・。

この裏側に何があるのか?
消費者の怠惰性につけこんだ企業戦略によって、今買わなくてもいいもの、買う必要のないものまで購入する。

コンビニの存在によって、怠惰な人間が増大しているのではないか?
この点を消費者も考え直す必要があるように思うのだが・・・。